銃をぶっ放すより花を授けたい

いきなり怒りだす人、ずっとイラついている人、ネットで憎悪を撒き散らしている人は傷害罪と同じことではないだろうか。ふつうに振るまっているところに急に暴力を振るわれたら、立ちすくむしかない。もちろん私だって褒められた人間じゃないから自分が加害者にもなりうることを忘れてはいけない。

怒っている人はたいてい相手が思いどおりにならないから憤っている。なんでこいつは思うとおりに動かないんだ、と不満がマグマのように溜まって噴き出す。いきなり溶岩をぶつけられたこちらは何がなんだかよくわからない。通りすがりに発砲してくる人もいる。

自分本位の個人的な感情を手近な人にぶつけるのは無差別暴力である。自分で沈静化させるか、うまく宥めてゆっくり放出するかしたいものだ。
怒りのスコアが高い人ほど、心筋梗塞脳梗塞のリスクが高いともいう。身体にも悪いので大事にしてほしい。


そう考えていると、アカデミー賞授賞式の舞台でウィル・スミスがクリス・ロックに平手打ちしたのは、やっぱりよろしくなかったのだろう。

クリス・ロックがスミスの奥さんの病気を本当に知らなくても知ってたとしても、いきなり平手打ちは本人とって腑に落ちない。彼は職業柄メンタル強そうだけど。

力で、有無を言わさずねじ伏せるのは手っ取り早い。相手に抗議をあらわし黙らすことができるから。小学校のとき、教師が不登校の子の首根っこをつかんで保健室から教室まで引きずり殴りつけて席に座らせた光景を恐怖とともに覚えている。

とはいえセレブだから芸人に何を言われても腹の中に収めておけ、不満なら後で抗議しろ、が求められているのは悲しい。欧米には独特のジョーク文化があるようだが、コンテンツとみなしたものには何を言ってもいいという了解なんだろうか。

文化の話は置いておき、一般人が公然と人を馬鹿するのは卑怯である。口頭で相手に反論するとなると、かなり難易度が高いのでずるいのだ。傷つけられた人が、自分の品位も保ったままで相手に抗議するのは、精神的成熟性と相当な賢さが必要だ。そんなことが冷静にできる超人はどこにいるだろう。だから彼が暴力に頼ったのは多くの人が同情したしスカッとした。みんな殴りたくてもやれないから。だが、手本にはなりえない。

怒りとの向き合い方。私もいきなり殴る側になりうる。もしくは、言い返せなくて後悔したり、前につんのめったり。返し方をいつも考えておくのも疲れるし、言ってやるぞと身構えているのは虚しい。

知りあいにまったく怒らない人がいるが、相手に期待なんてしていないそうである。言わなくても相手が自分の事情を理解してくれていると期待しなければ楽である。でも、みんな甘えただからどうしてもわかってほしいと叫んでしまう。

ついつい互いに寄りかかり、わかってくれるだろう、なんでわかってくれないんだ、を繰りかえす。そこで、あなたはそう考えているんだね、私はね……と、力を抜いて落ち着いてコミュニケーションが取れればいいのになあ。自分の心の扱い方は生涯の課題だ。

映画『ニトラム』/ 無差別殺傷事件の背景。生きづらさを抱える青年の行く末。

映画『ニトラム』を観ました。

オーストラリアで起こったある事件に至るまでの背景を描いています。
世の中で生きづらさを感じる人たちが、ある時暴発して周りの人々に危害を加えてしまう事件が日本でも起こっていますが、社会でどう包摂していけばいいか、同時に自分が当事者・家族の立場だったらを考えさせられる映画です。

www.cetera.co.jp

あらすじ:
舞台はオーストラリア。マーティン(ニトラム)は幼少期からこだわりが強く花火遊びをやめられない。母は彼を「普通」の若者にしようとし、父は彼の将来を案じ出来る限りのケアをしようと努める。マーティンは、サーフィンに憧れ、ボードを買う資金を買うために芝刈りの訪問営業を始めた際、一人暮らしのヘレンという女性に出会う……。

 

以下ネタバレあります。

Martinを逆から読んでニトラム。彼が幼少期に同級生から呼ばれていた蔑称でした。1996年、マーティンが最終的に起こした無差別銃乱射事件によって35名が死亡し、オーストラリアで銃統制法が強化されるきっかけになりました。

彼はおそらく発達障害で、周りの空気を読んで行動できません。こだわりが強く、花火やサーフィンへの執着を見せます。衝動性も抑えられず、隣で運転している人のハンドルをいきなり奪おうとしてしまいます。


無差別殺傷事件は許されないけど、映画を観るとマーティンの理解されることのない苦しみを感じます。
1990年以前はまだあまり障害へのサポートが進んでいなかったのでしょう。でも今でも周りと適応できずに、適切なサポートを受けられずに疎外感を感じて生きている人はたくさんいると思います。
いろんなことが積み重なって、引き金が引かれます。
父親は優しく、息子に寄り添っていましたが、息子を導くには少し弱い男性でした。代わりに母親が家庭で強く、息子を矯正しようとします。母親はマーティンに世の中に順応してほしいという思いを強くしすぎて、彼を追い詰めていました。マーティンがうまくやれば自分も楽、そんな感情が読み取れました。母親は母親なりに愛していたと思いますが、母親の幸せは息子の幸せじゃないんですね。いつの世も親子で大切にすることが違うので悲劇が起こります。


物語の途中で出会う、近所の富豪のおばさんのヘレナはマーティンをそのまま受け入れます。恋愛ではないし、親子に近い。家庭でも「社会」でもない、サードプレイスが癒しの場になるのかなと思います。
宮台氏の解説がわかりやすかったです。

realsound.jp

 

海や光の写し方が綺麗で話の構成も違和感がなかったです。主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技は今回初めてちゃんと見ましたが、荒々しさと繊細さ、内に抱える葛藤がにじみ出ていてマーティンの像が出来上がっていました。これから注目してみたいです。

 

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『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』

『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(原題:Anthropoid)を観ました。(記事はwordpressブログからの移行です)

あまり気軽にオススメできる映画ではないですが、見ると色々考えさせられる話です。邦題がダサいのは、原題「Anthropoid」だけだと、日本人は何のことかわからないので考えたのだろうけどそれにしても……です。
主演キリアンがかっこいい。彼は『ピーキーブラインダーズ』とか、大昔でないけど少し古い時代が舞台の作品が合う気がします。

概要

第二次世界大戦中、ユダヤ人大量虐殺を主導した親衛隊(SS)最高幹部ラインハルト・ハイドリヒの暗殺作戦(エンスラポイド=類人猿作戦) を描いています。

私はこちらの映画を見るまでこの事件を知らず、内容にかなりショックを受けました。

キャスト

ヨゼフ・ガブチーク:キリアン・マーフィ (ノーラン監督『バットマン』『ダンケルク』など常連ですね。ドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』など)

ヤン・クビシュ:ジェイミー・ドーナン (『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』など)

レンカ・ファフコヴァー:アンナ・ガイレスロヴァー

マリー・コヴァルニコヴァー:シャルロット・ルボン

ヤン・ゼレンカ=ハイスキー:トビー・ジョーンズ (ハリポタシリーズ、『キャプテン・アメリカ』、『裏切りのサーカス』)

アドルフ・オパルカ:ハリー・ロイド 

あらすじ:

1941年駐英チェコスロバキア亡命政府から、選ばれた2名の兵士がパラシュートでナチス支配下チェコ国内へ降り立つシーンから始まります。着地する時に傷を負います。関わる人々すべて疑心暗鬼の状況、苦労しながらも、国内レジスタンスと合流し、独裁者ハイドリヒを暗殺する方法を探ります。そしてやってきた作戦実行の日ーー

以下ネタバレありです。

ちょっと歴史復習

その前に、ハイドリヒ暗殺に至るまでの歴史を見てみます。

1939年、宥和政策を象徴するミュンヘン協定は有名無実状態に。チェコ大統領はヒトラーの圧力に屈し、為す術なくチェコ領を渡してしまいました。

併合されたボヘミアモラヴィアの土地は「ベーメン・メーレン保護領」とされました。

ここは大戦中ナチスにとって銃や戦車の重要な供給源であり重要な軍需工業地でした。

1941年、ベーメン・メーレンの統治を命じられたラインハルト・ハイドリヒは厳しい統治を行い、ユダヤ人絶命政策を主導。「絞首刑人」「金髪の獣」と呼ばれ恐れられました。

一方、連合国側から不満を買っていたベネシュ大統領率いる駐英チェコ亡命政府は、連合国側の信用を勝ち取る必要がありました。チェコ共産主義ソ連側ではないかと疑われてもいたようです。ベネシュは、1938年ズデーテンを割譲することになったミュンヘン協定後に英国に亡命しています。

英国はチェコでの諜報活動を強化する必要がありました。

互いに利害が一致した英国とチェコ亡命政府は、この作戦を実行するに至ったようです。

ANTHROPOIDは作戦コードネームです。

ミュンヘン会談の流れは学校で習った重要歴史ですが、忘れていました。。

感想

え、パラシュートで数名を敵領に下ろすって政府めちゃくちゃなことするな……が第一感想ですが、上で述べたようにチェコ側はもう後に引けない状況だったのです。

任務を受けた兵士達は、チェコのためにという強い思いを持って行動します。が、手元には片道切符しかないことにも気づいており、作戦遂行への迷いも見せる場面もありました。

最後の700人vs7名の教会立てこもり銃撃戦は凄惨極まる悲劇でした。

結果としては、史上唯一成功したナチ高官暗殺ですが、何よりも虚しいのが、ハイドリヒ暗殺の報復として村2つが無慈悲にも壊滅されたことです。(男性はほぼ全員銃殺、女性は収容所送り)

チェコ住民に対して激しい報復が行われることは予期されていたことでした。

チェコ内でのレジスタンスの盛り上がりも期待されていたのですが、ナチスの報復が激しすぎて盛り上がることはなく、期待していた目に見えるプラスの波及はありませんでした。

この暗殺を契機に、連合国側は正式にミュンヘン協定を無効としました。(既に無効状態でしたが…)


全体的にセピア色の映像でリアルな雰囲気の映画です。
言わずもがな、キリアン・マーフィがめちゃくちゃカッコ良いです。渋みある強い男です。

映画は写実的で、作戦に対する一種の高揚感などの演出は表現されていません。拷問シーンなど凄惨な場面多々あるので要注意です。

ハイドリヒ暗殺のために払われた多大な犠牲。ハイドリヒはユダヤ人虐殺など主導していましたが、この作戦は行われるべきだったのか問いかけがあるように思います。ですが、実際戦中にこのような綺麗事は言われません。
正しいも何もないですが、終わりのない問いがあります。

蛇足ですが、この映画において、現地女性とのロマンス話は2名とも必要だったのかは疑問。

〜エンスラポイド作戦関連映画〜
死刑執行人もまた死す」(1943)
「暁の七人」(1975)
ナチス第三の男」(2017)

世界のあちこちが揺らぐ

まさかと思われたロシアによるウクライナ侵攻から約2週間。事態はまったく収まっていない。

今の勤務先企業は、ウクライナ現地法人をもっている。一部のスタッフは、兵員として前線に行った。ほかはまだ家族の事情などで国内に残っている人も多いが、業務できる状態ではないようだ。前線に赴いた男性とは、何回かチャットするビジネス上の関係があった。彼のTeamsの最終オンライン日は2022/2/23のままだ。また、更新されることを願っているが、連日の酷い砲撃のニュースを見ると、ふと、もう先日のチャットで最後になる可能性もあるんだという考えもよぎる。べつに、戦争が原因じゃなくて、突然の事故・事件、もしくは転勤退職で会社から居なくなって、もういっさい連絡を取らなくなることもあり得る。だが、先日までいっしょに仕事していた人が戦地に赴くというのは、想像もしていなかった。

会社も、ロシア・ベラルーシへの製品サービス停止を即効決めた。本部は欧米系なので、当たり前のようにウクライナの状況に憤り、ロシアでのビジネスを止めた。ニュースで報道されているようなAppleIKEAといった大企業ではないので、国民への影響は目立たないが、影響を受けるお客さんは絶対いるだろう。

グローバルな資本主義社会で、世界的企業がいきなりビジネスやめます!といった時、ダイレクトに市民の生活は煽りを受ける。制裁を受けた国のトップが、それで反省して方針を転換することが求められているのだろうが、今のところそんな兆しは見えない。ほんとうに届いてほしい人にすぐに制裁は届かずに、情報統制下にある一般市民が打撃を受けて、生活や職業がまたたく間に制限されるのは、なんともやりきれない気持ちになる。

イタリアの公立大学でロシアの作家ドストエフスキーに関する授業が取りやめになったというニュースを見た。最近、実家に寄ることがあって、ちょうどドストエフスキーの『罪と罰』『悪霊』を回収していた。カラマーゾフばかり読んで『罪と罰』は一度きりしか読んでいなかったので、読み返していた。私は偉そうなことは何も言えないけれど、その国の文学や歴史を通して、国の風土や歴史、脈々と受け継がれる血や精神を感じることができる、と思う。逆に、共通する普遍性も見出すことができる。

単に関係するものすべてが憎いのでは、相手がなぜこうなったのか、よく知れないし、ますます敵が嫌いになるばかりである。視野が狭まり、頑なになっていく。

ところで『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの思想の拡大バージョンは今の状況と被って見える。彼は「非凡人は人を殺してもいい」という超人思想に取り憑かれ、高利貸しのお婆さんを殺すが、居合わせた妹も殺す。ラスコーリニコフは結局、警察に捕まるのではという恐怖心と殺人への良心の呵責に苛まれていく。たぶん、あちらの大統領が殺人に心を傷めることはないのだとすると、ラスコーリニコフが果たせなかった、思い描いた境地はこのポジションに近いのかと思った。

最近観た邦画『ドライブ・マイ・カー』では、ロシアの劇作家チェーホフの『ワーニャおじさん』が重要な役割を果たしていた。
時代や国を超えた芸術文化によって、環境は違えど本質的には同じ人間であることを思い出させてくれる。不条理さでメガネが曇って、そんなことは普段忘れている。
とにかく早く問題が収まり、心安らかに眠れる人が増えて欲しいが、今後どう転んでいくのかわからないのが怖いところである。

認知特性をテストしてみた/『医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン』

人には視覚、聴覚、言語、それぞれ得意な認知特性があります。同じことを見聞きしても、生来得意な方法で理解し表現します。自分はどんな認知特性に秀でているのか、『医師のつくった「頭のよさ」テスト 認知特性から見た6つのパターン (光文社新書)』で、テストと解説が載っていて興味深かったです。

認知特性は生れながらにある程度決まっており、変えることは難しいそうです。ただ、得意不得意を意識していることは意義があります。何かを行うときに、やりやすい方法を選択することができますし、苦手を知っていれば、得意なアプローチにしたり、もしくは苦手なことを伸ばすように努力したりすることができます。



認知特性診断はこちらのURLからエクセルをダウンロードして行うことができます。

タイプ別の特徴

本によると、タイプ別の特徴は以下です。

視覚優位者・写真(カメラアイ)タイプ…カツオくんが描けるアーティスト系
写真として物事を記憶。アニメの脇役のキャラの似顔絵もかける。
歴史の本を読むと、文章だけでも城や戦いの場面が浮かぶ。
野菜をできるだけ多くあげよと言うときは野菜の写真やスーパーの陳列棚をイメージして答える。

視覚優位者・三次元映像タイプ…どんな人の顔も見分けられるエキスパート
映像として物事を記憶する。歴史の本を読むと、城や戦いの場面を想像しやすい。
昔の記憶を順序よく時間を追うように説明できる。
野菜を多くあげよというときは、カメラアイタイプと同じ。

言語優位者・言語映像タイプ…イメージを言葉にできるファンタジスト
言葉を見るのが得意。比喩表現も上手。言語を映像化することも映像を言語化するのも得意。
野菜を多くあげよというときは、上の2タイプと同様。

言語優位者・言語抽象タイプ…ノートをまとめる達人
わかりづらい文章を図式化する。言葉を見るのが得意。
歴史の本を見ると、家系図や相関図が浮かびやすい。
初対面の人は名刺の文字で覚える、道順は文章か図式で。

視覚優位者が感覚的思考者とすれば、言語優位者は論理的思考者といえます。

聴覚優位者・聴覚言語タイプ…ダジャレ上手
コマーシャルのフレーズや歌詞を覚えるのが得意。
難しい話題でも、話を一度聞くだけで理解する。
テレビを見るとき、テロップがなくても意味がすぐに理解可能。


聴覚優位者・聴覚&音タイプ絶対音感タイプ
言葉を聞くのが得意。
音楽を一度聞いただけでメロディを口ずさむことができる。
モノマネや外国語の発音が上手。

テストしてみた

診断テストしてみました。

カメラタイプ 44
3Dタイプ 35
ファンタジストタイプ 28
言語抽象タイプ 24
聴覚言語タイプ 14
聴覚&音タイプ 6

バランスわるっ…。高い順に、カメラタイプ、3D、ファンタジストとなりました。聴覚悪すぎですが、歌がヘタなので当たってると思います。

各タイプの解説

カメラタイプは、頭の中にカメラを持っていて、ある光景を写真として保存しているそうです。職業は画家やデザイナーが多いらしいですが…。だいたいこういう診断の向いてる職業!とかあてにならないですね。でも絵も写真も好きです。絵は模写がやりやすいので、写真記憶の影響かもしれません。


3Dタイプは、建築家、パイロット、外科医などに多いそうです。カメラタイプは平面でとらえますが、このタイプはある場面の時間軸の前後も含めて、エピソード記憶が残っています。
視覚優位者が古い記憶を持っているのは、曖昧な言語よりも写真や映像が色褪せず記憶できるからだそうです。PTSDにもなりやすく注意です。たしかにいやな思い出、衝撃的だったことは鮮明に覚えてます。


ファンタジストタイプは、コピーライターや絵本作家、雑誌の編集者、作詞家などに多いそうです。文章よりは映像として記憶し、言語の映像化、その逆パターンも得意です。個人的に、読書の楽しみの一つは映像を思い浮かべることにありますが、まったく映像が思い浮かばないと言う友人もいるので、特性によるのでしょう。


言語抽象タイプは、内科系医師、作家、教師、金融関係などに多いです。図式化したり論理的にまとめたりするのが得意なコンサルとか当てはまりそう。

それぞれに合った勉強法や生活スタイルが取れるといいのかなと思います。(参考)

もう少しタイプの話を読みたかったのですが、この本の後半以降はさらに広い範囲の特性(ワーキングメモリー、社会性、WISCの話など)を浅く紹介する内容になっています。ですが、前半のタイプ論を読むだけでも参考になります。

カタカナ語のあいまいさ

時効だと思って呟いてみる。
けっこう前にフリーランスの案件でセクハラ案件を扱うことになった。が、以後こういった案件は受けないでおこうと心に決めた。本当にひどい話ばかりで苦しくなるからだ。それに発注者がセクハラに関して面白おかしくする方針で、賛同できなかった。

事例を調べると、たとえば経営者が従業員をホテルに連れ込むとか、盗撮したり、襲ったりなど、本来刑事事件になるべき事例も多くある。職場という囲いや雇用関係によってうやむやになっているのだ。そもそも、無理やり触ったりするのは強制わいせつ罪にあたる。2017年までは被害者側が告訴しないと処罰の対象にならなかった。被害者側の精神的負担が大きいので現在は親告罪でなくなったが、表面化していない事件も多くあるだろう。

人によって判断が分かれるような発言(今日かわいいね、太ったねー)から、重犯罪まで、ひっくるめてカタカナ4文字で扱われるのは事の重大性が隠れるよなあと思った。省略しないとカタカナ11文字だが。

誰かが傷ついた出来事をネットで扱うのは慎重にしなくてはいけない。ましてや茶化すのはセカンドレイプである。そういうことを頻繁にやってる人もいるけどよくできるなあと感じる。週刊誌やツイッターで言いたい放題している方々もいるが。調べているだけでも心にグサグサくる。感覚がマヒしてないとできない気がする。

映画『さがす』/最近の邦画おもしろい

映画『さがす』、評判が良くて見に行ったのだが、期待を超えて面白かった。

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あらすじ:

原田智(佐藤二朗)は、中学生の娘・楓(伊東蒼)と大阪の下町で暮らしていた。ある日、彼は娘の楓に指名手配中の連続殺人犯を目撃したと告げ、その翌朝突然姿を消す。警察は本腰を入れて捜索してくれず、楓は自分の力で父を捜して歩く。ようやく日雇い現場に父親の名前を発見して訪ねて行くと、そこには全くの別人の若い男性がいた。
(yahooから引用)

 

 

映画は予想よりもスリラー映画。かつ人間の尊厳や家族愛も絡んで重厚な映画だった。

 

**ネタバレ注意!!

 

 

途中で、娘視点の物語から、犯人のアイツ視点に切り替わって、うわーなるほど〜と鳥肌だった。座間の連続殺人事件の犯人がモデルなんだろうか。

映画の途中から、もしかしてこれは…と嫌な予感がしたが、でもそこからまた予想がつかない展開で終始ハラハラ。

 

対照的な3人のキャラクターと演技が印象的だった。

・自分の快楽のままに人を殺し続ける謎の青年・山内。獣感があって良かった。目も感情がなくて人に関心がない感じ。俳優の清水尋也さんは初めて知ったが注目したい。

・ALSの妻を支えながら、彼女の苦しみに葛藤する父親(佐藤二朗)。ダメ親父だが、家族への愛は深い。知らず知らずに犯罪に手を貸したと知ったとき、もう後戻りできないと覚悟を決める。

・中学生の娘・楓役の伊藤蒼さん、初めて知ったが、表情がころころ変わってかわいらしくて魅力的。彼女が唯一の良心であり癒しである……最後の卓球シーンも素晴らしかったです。

 

画面が作り込まれていて、構成や見せ方に引き込まれるなあと思ったら、片山監督はやはり映し方に相当なこだわりを持っているようだった。

cinemore.jp

 

また、今回の映画では、話のポイントとなるアイテムが最初から最後までたくさん出てきます。ここはすごく意識していました。主となる登場人物が3人いるのですが、実は全員が同じフレームに収まることはありません。それをやってしまうと、映画の作り方としては失敗する可能性が高いんです。一つのカットで人物の関係性を分からせることはせずに、アイテムを駆使して人物の関連性を浮き上がらせていく。ここは自分の中での課題だったので、相当考えました。

なるほど、人物を一画面に映してわかりやすく関係性を描くより、カットを替えたりアイテム使った方がより立体的な作りになるのか。視聴者に対して、捉え方を「こう!」と提示するより、映像として面白いものになっている。

以下でも

時間軸のピースが完全に合わなかったとしても、そこは観客の想像力で補完できると思い、分かりやすさを促す装置としては使わないように気を付けましたね。

と発言しており、最近はわかりやすくしている作品が多いけど、やはりあーでもないこーでもない、ここはどういう意味だろう?と考える余地のある映画は楽しめると思う。

 

あと、海の映し方も好きだった。冷たくてひんやりした感じ。大阪の西成も舞台だが、その辺りの雰囲気の映し方も良かった。(一度しか訪れたことないけど。

 

気になったのは、娘の「さがす」は前半と後半で意味合いが違いそうだけど、後半はあまり探してる印象はなかったかも。

 

片山監督はポン・ジュノ監督の助監督をされていたそうで、サスペンス系の雰囲気は似ている。「韓国映画を観まくったが、言葉がわからなくてもいい映画は人物の関係性がわかる」と上の記事でおっしゃっているのも興味深い。

 

最近、よい邦画に出会うことが多い。あまり邦画を見てこなかったので、これから折を見て鑑賞したい。昨年観た「偶然と想像」(濱口竜一監督)も、とんでもなく好きな映画だった。ジャンルは違うけれど、「偶然と想像」は会話劇で、今回の「さがす」は構成で魅せる感じかな。 *何か、これは見とけ!という邦画があったら教えてください、、

自信がないと言い続けている人はその方が快適だから

劇作家の鴻上さんの「やりがいある仕事で、家族も元気、友人もいるが、容姿、体型、性格全てに自信がない」とお悩みの女性に対する答えが的確だった。

相談者の方は要領良くてなんでもできるけど、イマイチ手応えがなかったのだろうか?なんて感じがした。仕事やりがいあります♪ なんて、そうそう言える人いないよーと思うが、鴻上さんは、柔らかく前置いて、後半でピシッとアドバイスしている。

 

どうして自信がないのか? 僕は、少しきつい言い方になりますが、「自信のなさ」を手放さない人は、その方が快適だからだと思っているのです。

 シカさんに対して「自己評価と他者評価が乖離しすぎている」とアドバイスした人は鋭いと思います。

「自分で自分に悪口を言う」ことの方が「他人から悪口を言われる」より楽なのです。「お前はダメだ」と言われるより「私はダメだ」と自分で先に言う方が傷は浅くなります。自分で自分にダメだと言う方が他人に言われるよりはるかに優しいのです。自己嫌悪は自己に優しいのです。

 他人の言葉は自分を強引に変えてしまう可能性がありますが、自分の言葉は自分を今のまま置いてくれます。

 

 

鴻上さんの答えは、グサリとくるものがあった。

自信がないって思い込んでいれば、何かできないことがあっても予想の範囲内だし、悩み続けていれば、ずっと同じ状態に安住できる。人はホメオスタシスの観点からも「変わる」ことは難しい。

 

「こうなったら自信をもてる」という根拠を探し続けている限り、終わりはないのです。「自信をもてる絶対的な保証」なんてないのです。

「そんなことない。美人は自信満々だ」と思ったでしょうか? 僕は多くの美人女優が、自信のなさに苦しんでいることを知っています。次々と現れてくる新人の若さと年を重ねていく自分の年齢との狭間で、美に対して敏感な人ほど悩むのです。

 そして、多くの人が「悩んでいてもしょうがない。自分は自分なんだから」と結論するのです。

 あきらめるんじゃないですよ。ちゃんと考えることはしますよ。僕がこの連載で言っているように「考えることと悩むこと」を確実に分けるのです。

「考えること」は肌ツヤを良くするために何をするべきか研究し実践すること、「悩むこと」は「あーダメだもう、自信ないよー」とうだうだ悩むことだと言う。

 

昨日、大学卒業時に部活動で書いたエッセイを発見したが、読み返すと今と同じような内容の「あれがダメだった」「これがダメだった」って書いてるんだな。反省反省……ってまた同じなんだけど。結局、自己憐憫で何も変わってないのだ。

 

自信がないって言い続けるのではなく、行動して変えていくのは、本人にとっての生き方考え方を丸っきり変えること。革命的なことだから難しいけど、最近それに気がつく出来事が多々あったからよかったと思う。